ホームズとワトソン
映画「シャーロック・ホームズ」を鑑賞。ストーリー展開はやや冗長なのだけど、なんといってもワトソン役のジュード・ロウが魅力的。
ワトソンとして、動いたり、話したりしているジュード・ロウがなんだかすごく自然体。こんな人物が一緒に住んでいて、あるとき、結婚するからここから出て行く、って言われたらものすご~く寂しいだろう。
ワトソン役で気が付いたんだけど、ジュードは見た目も魅力的だけど、声もよかったんだなあ。
なんでも、異性に関する魅力の感じ方に関して、男は視覚からのインプットが、女は聴覚からのインプットが大きいのだそう。男は女に対して、視覚による魅力が勝ればどんな声でも個性としてOKなのだけど、女の場合、声の嫌いな男は嫌い、その声を聞き続けるだけで女性性へのストレスになってしまうらしい。
私も、たとえば映画俳優の場合、視覚は好きなんだけど、声のほうはそれほど魅力的でもなくて惜しいなあと思うことがあったり(レオナルド・ディカプリオが該当)、声が好きなため、視覚の魅力度を補ってしまうということがある(クリスチャン・ベール該当)。
さて、ホームズの、一種ほのかに同性愛的な執着すら感じる対象であるワトソン役に、ジュード・ロウをキャスティングしたのは正しい。
通常、華となるべきは女優のはずなんだが、ふたりの女優、アイリーン・アドラーよりもメアリーよりもジュード・ロウのほうが魅力的だったりする。たぶん男から見ても。
ジュード・ロウは「ホリディ」みたいな恋愛映画にも出ているし、妖しい役柄や殺人鬼や美貌をわざと損なわせるような脇役も演じたりしてるんだけど、一番光るのは、女性の恋愛対象となったときではなくて、男性の恋愛対象的な存在となったときじゃないかなあ。「オスカー・ワイルド」「真夜中のサバナ」「リプリー」がそう。この三作品に比べると、ワトソンは徹底的に「陰」がなくて、「陽」な雰囲気なのがまたいい。
それから、このホームズとワトソンといい、ダレン・シャンといい、宇宙船レッド・ドワーフ号といい、執事ジーヴス・シリーズといい、イギリスのフィクションが素材として得意なのは「男ふたり」じゃないかと思う。
しかも、主役と敵役のような対峙の関係ではなく、同じ側に立つ、並列関係のふたり。
(ついでに言うとこの映画でも適役は魅力も存在感も薄かった。)「並列する男ふたり」の素材がきちんと生かされた、
イギリス人監督ガイ・リッチーによる映画化で本当に良かったと思う。





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